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〜 稚内市 〜
Vol.77/平成21年8月発行

創業86年。大正末期から活版印刷を通して最北の活字文化を担ってきた稚内印刷(株)が、エコとデジタルで地域の情報伝達をお手伝い。
大正末期の稚内活版所 大正末期の稚内活版所
代表取締役会長
高木 哲朗さん
昭和7年11月15日、稚内生まれ。
昭和26年、稚内印刷に入社。
昭和51年株式会社へ組織変更、同時に代表取締役社長に就任。
平成17年より代表取締役会長に。
代表取締役社長
杉川 毅さん
昭和35年3月23日生まれ。室蘭育ち。
父は室蘭で広告代理店を経営。札幌の印刷会社に就職し、高木敦子さんと結婚。その後父の仕事を手伝うなどし、平成8年に稚内へ転居。同時に義父の経営する稚内印刷(株)に入社。
平成17年代表取締役社長に就任。
大正末期の稚内活版所 大正末期の稚内活版所
大正時代の活版印刷物。
左が自社の帳簿で、紙は薄く強く長持ち。
右の写真入り書籍は、大正14年の「摂政宮裕仁親王殿下稚内御寄港」記念出版物。翌年に同社で印刷。
大正末期の稚内活版所
 東にオホーツク海、西に日本海、そして北には宗谷海峡。三方海に開かれ、朝な夕なに太陽を海に望むことができる稚内には、地球の息吹が感じられます。ここは旅の終点であると同時に、異境へつづく旅のはじまりの地でもあります。かつてここから樺太に渡ったある詩人は「宗谷挽歌」に次のような詩をスケッチしました。
呼子が船底の方で鳴り 上甲板でそれに応へる。 それは汽船の礼儀だらうか。 或ひは連絡船だといふことから 汽車の作法をとるのだらうか。 霧はいまいよいよしげく 舷燈の青い光の中を どんなにきれいに降ることか。 稚内のまちの灯は移動をはじめ たしかに船は進み出す。 この空は広重のぼかしのうす墨のそら 波はゆらぎ汽笛は深くも深くも吼える。 この男は船長ではないのだらうか。(一部抜粋・引用)
 旧天北線稚内駅が開業したのは大正11年11月1日。翌年5月1日には稚内と樺太大泊を結ぶ連絡船「稚泊航路」が開通したばかりでした。同年7月31日に岩手県花巻を発ち、青函連絡船で津軽海峡を超え北上し、8月2日稚内から対馬丸で大泊に向かった宮沢賢治は、この旅であの有名な著書「銀河鉄道の夜」を着想したと言われています。

 ところで「銀河鉄道の夜」に登場する少年ジョバンニの放課後の仕事は何だったでしょうか?実は、活版所で活字を拾う「文選工」でした。賢治が稚内の土を踏む約2週間前の大正12年7月19日、空知の栗山から来た青年、高木省三氏は稚内に「稚内活版所」を開業しています。

 鉄道と連絡船を獲得した稚内の駅(現在の南稚内駅)から港に続く界隈には、商店街や歓楽街が形成され、「これからは稚内の時代だ!」そんな希望を胸に、高木省三氏もまた稚内を目指したのです。稚内活版所、すなわち今年平成21年に創業86年を迎える大老舗、現在の「稚内印刷株式会社」を訪ねました。

入口となるWindows&MacによるDTPシステムとその出口の印刷機までフルデジタル。
 「創業時からずーっと現地です。当時中央4丁目は仲通南1丁目と言いました」父省三氏の後を継ぎ二代目社長として会社を支えてきた高木哲朗さん(現会長)は遠い日を振り返りながら、二冊の古い印刷物を差し出しました。一つは大正15年に同社で印刷した「摂政宮裕仁親王殿下稚内御寄港」にちなんだ記念書籍。宮裕仁親王殿下とは言うまでもなく昭和の天皇陛下のことで、前年の寄港をお祝いするとともに、町内の商工業者などを網羅。その中には稚内活版所も写真入りで紹介されていました。

 「もうこの本は稚内にほとんど残されていません。市が開基百年記念誌を発行する時に貸し出したほどですから。おそらく複製のために接写したと思いますが、戻ってくると痛んでいました。本当はもっと綴じも装丁もしっかりしていたのですよ」。確かに紙が極厚口であるため頁に折れが見られますが、いま見ても立派な印刷物で、活字も写真版も美しく刷られています。

 もう一冊は、やはり大正末期に印刷し、昭和10年代頃まで使い続けていた自社の帳簿。いわゆる仕入帳や売掛帳などで、印刷は社名と項目、罫線の単純なものですが、和紙系の奉書のような紙に痛みはまったく見られず、昔の紙質の良さを改めて思い知らされました。通常80年も経過すると紙は黄ばみ、管理が悪ければ腐ったりするものですが。

 ところで、これらの帳簿の前半部分には、当時の実際の取引状況が筆で記されていました。パラパラとめくり取引先の業者名を見てみると、町村役場など官の仕事で占められていたことが明白です。昭和の新しい時代を迎えたとはいえ、開拓史設置以降、北海道の地域経済はまだまだ官主導だったことをまざまざと物語っています。道内の印刷・出版など活字文化の発展の影には、やはり官の役割が大きかったようです。

CIP3で高品質な印刷を約束。
 「当時の記憶として思い出に残っているのは鉄道の仕事です。日報でないと思うのですが、何かの事業報告書だったのでしょう」。おそらく鉄道省鉄道管理局稚内運輸事務所からの受注だと推測されますが、「とにかく毎日鉄道の仕事がありました。文字校正に来ていただきながら、新しい原稿を受け取り。そして校正後に印刷し、解版。その後また文選の繰り返しでした」。

 活版の場合、原稿に合わせて必要な金属活字を用意します(文選)。その後、適切な号数(サイズ)の書体を選択し、文字・行間調整用にインテル、クワタと呼ばれた充填物と合わせてレイアウト(植字)。それを組版ステッキなるものに並べ、数行ごとにゲラに移しながら版全体を作り上げていきます。版全体が組み上がったら、バラバラにならないよう糸で全体を縛り(結束)、誤植がないかを確認するため試し刷りを行い(校正刷り・ゲラ)、間違いがなければ印刷機に取り付けて印刷します。さらに印刷後はインクを落とし、活字ごとに版をバラバラにして片付けます(解版)。その解版作業では墨(インキ)で手が汚れ、石鹸ではそう簡単に落ちないため、苦労も多かったようです。

 「手が真っ黒に汚れているから、私はお客さんが会社にくると恥ずかしくて。冬はあかぎれで痛くなるし」。思い出や苦労話は尽きることなく「大きな断裁機がなくて、全判の紙を手で切っていたこと。綴じも苦労しましたね」。しかしながら、その活版は「昭和46年に惜しみなく捨てました」。

 オフセットカラー印刷機を導入するための決断でした。「前年に父が亡くなりまして、それで導入を決めました。父が生きているうちはどうしても父が揃えた活版を捨てることができなかったのです」。そしてこのまじめさ、律義さは同社の社風や社員教育、印刷物にも表れているのでした。

ドイツ製最高峰のハイデンベルグのCTPや高精度な周辺機器があるプリプレスルーム。

 苦い思い出もあります。毎日入っていた鉄道の仕事は、その後国鉄時代に入ると名寄へ移管。入札なし、営業をしなくてもお客さんが仕事を持ってきてくれた時代は終わりを告げることに。競合に勝ち抜くために電算写植機や編集組版機などを次々導入し、多彩な表現と美しい仕上がり、また納期短縮を図らなければ生き残れない厳しい時代が続きました。しかしついに平成14年、旭川以北で初めてフルデジタルシステムを構築し、大手印刷会社にも決して引けを取らない設備を完備しました。デザイン・編集を受け持つDTP※1はもちろんのこと、印刷工程前のプリプレス作業はすべてコンピュータで行えるように。さらにCTP※2によってデジタルデータから刷版をダイレクトに出力し、それらのすべての情報を引き継ぐCIP3※3が、見当合わせとインク量制御などの難しいオペレーティングの自動化に踏み切りました。その改革者が、現在の三代目社長、杉川毅さんでした。

 「最初からやるからには“入り口から出口までフルデジタルで”という思いでした」と。では実際にどんなことが可能になったのでしょう。まず、カラーマネージメントをはじめデジタルによる高品質な印刷をいつでも約束。製版工程の短縮による時間とコスト削減に成功。ダイレクト刷版による精度の大幅な向上とヤレ紙※4の軽減。小ロット対応。従来から印刷業者を悩ませてきた難題を解決したのです。

 さらに同社では、道内で6番目となる「グリーンプリンティング認定」を取得し、環境へ配慮した製品づくりに取り組んでいます。CTPによるフィルムレスもゴミや有害物質を出さないためのエコなテクノロジー。紙を使う者の責任としてベジタブルインキや再生紙を採用し、エコを思考しながら、地球と地域に貢献する企業として、自治体や企業の戦略武器となる「情報伝達ツールづくり」に、きょうも努めています。

解説※1.Desktop Publishingの略。印刷する前のすべてのデザイン編集をパソコンで処理。※2.Computer to Plateの略。フィルムレスでオリジナルデータに忠実に印刷用の刷版を出力。
※ 3.シップ・スリーと読む。製版・印刷・後工程の統合を目指す国際的な標準フォーマット。版のズレを防ぐ見当合わせ、インキ量の調整などに自動で対応。※4.試し刷りの捨て紙。
創業85周年を迎えた昨年は名刺や車でPR
[DATA BANK]
稚内印刷株式会社

稚内市中央4丁目2番15号

TEL : 0162-23-3258 FAX : 0162-24-0224

URL : http://www.wakkanai-printing.co.jp

創   業 大正12(1923)年7月19日

昭和25年 稚内印刷所に社名変更

昭和51年 稚内印刷株式会社に組織変更

代表取締役会長 高木 哲朗

代表取締役社長 杉川  毅

社員数 17名(営業3・開発1・制作4・印刷2・製本1・総務3他)

《事業内容》

書籍印刷物・商業用印刷物・事務用印刷物・ソフトサービス等の企画・ 製作から印刷・加工・納品までの総合印刷関連事業

《主な設備》

■ CTP/HEIDELBERG Prosetter74■CMYKプルーフICCプロファイル/EPSON MAXART MC-10000■Labスキャナ/ HEIDELBERG Nexscan F4200■4色印刷機(両面印刷兼用機)/HEIDELBERG Speedmaster SM52-4P■2色印刷機(両面印刷兼用機)HEIDELBERG Speedmaster SM74■製本機■断裁機■丁合機■分光光度計(Gretag Macbeth Spectro Eye)■CIP3/PPFファイル (Print Production Format)

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